シャネル5番が誕生してから100年以上が経ちました。

こうして世紀をまたぐ香水が、未だに愛されているという事実には驚くばかりです。

しかしシャネルの挑戦はまだまだ終わっていません。

ガブリエル・シャネルの死後に就任した専属調香師ジャック・ポルジュは、「エゴイスト」「ココ マドモワゼル」「ブルー」「アリュール」「チャンス」といった現代の名香を生み出してきました。

彼は2015年に引退しますが、ご子息のオリヴィエ・ポルジュがその後を引き継ぎ、「ガブリエル シャネル」「シャネル5番ロー」などを世に送り出しています。

シャネル哲学を“21世紀の解釈”で捉えた香りは、いずれも世界でベストセラーとなっています。

しかしそのプレッシャーは大変に大きいものでした。

シャネルというネーム・バリューを壊すことなく、現代の価値観をもって調香しなければならないのです。

オリヴィエ・ポルジュは「私にとっての香料は、作曲家にとっての音符のようなものです」とし、ピアノの鍵盤を叩くように、慎重かつ大胆に調香したといいます。

そしてその挑戦の一つと言えるのが、今回ご紹介する「COCO NOIR(ココ ノワール)」です。

ノワールとはフランス語で「黒」を意味します。

ガブリエル・シャネルがこだわった、黒の女性服はブランドにとっても特別な意味を果たします。

“バロック的な夜の香り”、“ヴェニスの闇”とも称される、「COCO NOIR(ココ ノワール)」の魅力に迫ってみましょう。

「COCO NOIR(ココ ノワール)」の誕生秘話

これは非常に珍しいことなのですが、「COCO NOIR(ココ ノワール)」は最初にボトル色、つまり黒色のデザインが予め決まっていました。

調香師にはそれほど「強い黒」のインパクトが、最初から与えられていたということになります。

そして「COCO NOIR(ココ ノワール)」のイメージ背景はこうです。

ガブリエル・シャネルは、最愛の人であるボーイ・カペルを交通事故で失ったばかりでした。

打ちひしがれた彼女は、イタリア・ヴェニスの街を訪れます。

しかしヴェニスの街は彼女を癒やす以上に、その美意識を決定づけてゆきます。

彼女は街にあふれる華やかな色彩やバロック様式のアラベスクを、自らが描く端正なラインと一致させました。

またヴェニスの夜にも大変な影響を受けたといいます。

夜、水面に映った月や星を眺めたシャネルは、「女性が魅惑的であるために必要なのは、自身が輝いていると同時に謎めいていること」だと感じます。

そしてこれは後の1926年に発表する、リトル・ブラック・ドレスに反映されます。

つまり、それまで女性にとっての黒い服が「喪服」のみであったことを逆手に取ったシャネルは、女性の「真のエレガンス」としてブラック・ドレスを発表したのです。

黒のシャネル・フレグランスは、こうした逸話に基づくものです。

ただ黒色の「ココ」は父ジャック・ポルジュによって1984年にすでに発表されていました。

「ココ」が深いオリエンタルノートだったのに対し、オリヴィエ・ポルジュが手がけた「COCO NOIR(ココ ノワール)」はエアリーさが目立つフレッシュ・オリエンタルノート。

フローラルとフルーティな香りをさらに引き立たせ、ヴェニスの風や洗練された空気を呼び覚まします。

黒のドレスをイメージしたバロック調の香り、現代のオリエンタル香調

COCO NOIR(ココ ノワール)オードパルファム

トップノート:グレープフルーツ、ベルガモット、オレンジ

ミドルノート:ジャスミン、ローズ、ゼラニウム、スイセン、ピーチ

ラストノート:トンカビーン、パチュリ、バニラ、ムスク、サンダルウッド、オリバナム、ベンゾイン、クローブ

発表年:2012年

調香師:オリヴィエ・ポルジュ

対象性別:女性

柑橘系の香りで始まるトップノートはそう長く続きません。

ヴェニスでの思い出が走馬灯となってよぎるように、瞬時に爽やかさが退場していきます。

ただそれも「ミステリアス性」の一つであると言えます。

世の中には一撃が強烈な、いわゆるセンセーショナルな香水というのが存在しますが、「COCO NOIR(ココ ノワール)」はそうではなく、むしろ内側に秘めた熱を沸々と蒸発させるような香りです。

そのためミドルノートの花々も大きな主張はせず、ヴェルヴェットのような肌触りを感じさせる、静かな香り立ちです。

セクシーと言えばセクシーなのですが、どちらかというと「神秘性」に大きく振った香りであります。

それでいて鼻通りは心地よく、例えるとすれば、洋服の残り香のようなちょっとした「曖昧さ」を含んでいます。

また「COCO NOIR(ココ ノワール)」のカテゴリーは伝統的なオリエンタルです。

しかし、80年代のオリエンタル調はまったく感じられず、中盤以降から漂う軽やかさとアイシーさが、クリーンな現代ときちんと共鳴しています。

ラストノートのバロックな香りは非常にシャネルらしく、厳かな古城で一人、黒のドレスをまといながら窓の外を眺める淑女のようなイメージです。

ブラックとゴールドで統一されたボトルデザインも美しく、女性のために新しいブラック・ドレスを創造した、「シャネルの真骨頂」と言えるようなフレグランスです。

大人の女性にしか似合わない、謎めいた魅力

他のシャネル・フレグランスと違って、「COCO NOIR(ココ ノワール)」は30代以降の大人の女性にこそ似合います。

強いて言うなら「シャネル5番」と「アリュール」の間の年齢層、となるでしょうか。

というのも、ラストノートのトンカビーン・乳香・ムスクが目立ち、高級で“謎めいた”、インセンスのような香りがするためです。

経験を積んだ女性にとっては最高にハマる香りであり、逆を言えば、若く明快な女性には「香りがぶつかってしまう」かもしれません。

もちろん、オンの日に相応しいフレグランスではないです。

自分のためのパーソナルな香りですので、先述した「服の残り香」のようなまとい方をお勧めしたいです。

季節はもっぱら秋冬です。

黒い服やコートにはばっちりと似合うでしょう。

お化粧をせずにこの香りだけ漂わすというのも、素敵なまとい方だと思います。

「夜中に少しずつ明かされる秘密」のように、謎めいた雰囲気を演出できる1本です。

まとめ

シャネルの「COCO NOIR(ココ ノワール)」は、見た目の派手さより本質的な贅沢を選ぶ、現代女性のための香りです。

シャネルの香りに惹かれている方はもちろん、21世紀のオリエンタル香水をお探しの方はぜひ手に取ってみて下さい。