パリの老舗香水ブランド、ゲラン。

シャリマー、ミツコなど数々の名香を抱え、フレグランス界を牽引するトップブランドとして名を馳せています。

創業は1828年。パリのシャンゼリゼ通りにある本店は、オープン以来100年以上同じ場所に実在するとても歴史の深いブティックです。

ホテルリッツを手がけたというCharles Mewès(シャルル・ミュエス)によって建てられたシャンゼリゼ通り68番地の建物は建築としても美しく、店舗の一階が歴史的建造物に指定されているほど。

ブティックもさることながら、香りも優雅な気分に浸れるものが多いゲラン。

実は古くから存在する名香がもう一つあります。

ゲラン一族で調香師のジャック・ゲランはとある一人の作家と友人関係にありました。

フランスの偉大なる作家、アントワーヌ・サン=テグジュペリです。

彼は、聖書を除き世界で一番多くの言語に翻訳・出版された『星の王子さま』の著者です。

『星の王子さま』は亡命先のアメリカで1943年に出版されましたが、サン=テグジュペリがまだフランスにいた頃、1931年に『夜間飛行』を出版しています。

ジャック・ゲランは友人が書いた『夜間飛行』に感銘を受けました。

そしてこの物語を香水化したのです。

今回は、そんなゲランの歴史的フレグランス「Vol de Nuit(夜間飛行)」をご紹介したいと思います。

飛行士だったサン=テグジュペリ、夜の飛行の物語

フレグランス「Vol de Nuit(夜間飛行)」のコンセプトは、サン=テグジュペリの小説『夜間飛行』に基づいています。

サン=テグジュペリはフランスのリヨン出身。

絵が得意だった彼は、『星の王子さま』の挿絵も自ら描きました。

成人して飛行士となり、第一次世界大戦中の輸送機を操縦するようになっても、赴任した先々でイラストを書きながら日記をつけていたようです。

そして、著書のほとんどが彼の飛行体験に基づいています。

『夜間飛行』は、サン=テグジュペリの大空への夢やロマン、冒険心を詰め込んだ物語。

夜の暗闇のなか、ひたすら天を目指して飛行機を操縦していくという、ワクワクするのに苦しくて切ない冒険ロマン小説となっています。

時は1931年でしたから、おそらく彼にとっては、現代で言うところの宇宙旅行にも似たような心地だったのでしょう。

作中では、壮大なまだ見ぬ世界へ挑む、若々しい精神が描かれています。

「助けてくれる仲間」もいない、まさに純文学的で孤高な姿に、イカロスを彷彿とさせる悲しい結末を重ねた、サン=テグジュペリの最高傑作です。

そして「Vol de Nuit(夜間飛行)」の香りは、そんな物語で描かれた「冒険心」にインスパイアされた、芯の強い女性に捧げられた作品。

「芸術としての香水」に求められる全てを備えており、まさに名香と呼ばれるにふさわしい1本です。

1933年の発売から90年近く経つ今でも、色褪せることのない正真正銘の芸術作品。

ゲランのもう一つの名香をご紹介しましょう。

壮大で気品あふれるオリエンタル・ウッディ

Vol de Nuit(夜間飛行)オードパルファム

トップノート:ガルバナム、ナルキッソス、オレンジブロッサム、 ベルガモット、レモン、マンダリンオレンジ、オレンジ

ミドルノート:アイリス、バイオレット、アルデヒド、ナルキッソス、インドネシアン・カーネーション、ローズ

ラストノート:オークモス、オリスルート、スパイス、サンダルウッド、ムスク

発表年:1933年

調香師:ジャック・ゲラン

対象性別:女性

「Vol de Nuit(夜間飛行)」は、壮大かつ気品あふれたオリエンタル・ウッディの香りです。

そして乱気流のようなシトラスの組み合わせから、このトップノートは始まります。

香料にあるガルバナムはセリ科の植物で、根茎部から採れる樹脂(レジン)が原材料。

バルサミック(樹脂感)なグリーン感が特徴の、神秘的で美しい香りです。

しかし、なかなかに独特な香りなので、ガルバナムと知らずに嗅げば少しそのグリーン感にびっくりしてしまうことでしょう。

ただ、その波乱に満ちたトップノートは、小説の主人公・飛行士ファビアンが、夜空で暴風雨と遭遇する瞬間を表したものなのです。

ミドルノートでは空の荒れた天候から垣間見える、2、3つの希望の星を表現しています。

ここではアイリス&バイオレットの、パウダリーで華やかな香りが際立っていて、理想郷のようなイメージを醸し出しています。

その表情はとても厳かで、優雅。

先の弾けるトップノートがあったからこそ、ミドルノートが速度を下げてゆっくりと、温かみを増していくのが感じられます。

少し無重力の空間にいるような心地で、ゆらゆらと、香りがそこに重く留まるのも印象的。

ただ、徹頭徹尾エレガントです。

飛行士になるというのは、現代でもそれなりの裕福さがないと実現しません。

この香りをまとっていると、自身も背筋が伸びるといいますか、「品」の必要性を感じます。

香りによって品を身に着けられるものもありますが、「Vol de Nuit(夜間飛行)」においてはエレガンスが先立って求められます。

つまり、超越した香料と調香のため、この香りを実際に気に入る・購入する、ということ自体がエレガントなのであります。

「着けているうちにふさわしい自分になれるだろう」という考えより、「私は十分に経験した。そろそろこの香りをまといたい」という人にピタリとくる香り。

ラストノートもゲランらしく、文学的な香りの深まり方がとても素敵です。

しっかりパウダリーなのですが、甘さは控えめで、ほろ苦く、絶妙で、複雑です。

それはまるで、嵐の後訪れた平穏のよう。

飛行機で乱気流を乗り越えた先にある晴れ間、眼科には一面雲の海が広がっている、そんな光景をイメージします。

全体を通してとてもエキゾチックで、「ザ・オリエンタル!」といった、まさに歴史に残る一大傑作です。

社会に挑戦しつつ、愛を与える女性に

1世紀近くも前の香りなのに、現代でも好まれているのが「Vol de Nuit(夜間飛行)」の不思議なところ。

この香りは『夜間飛行』の物語の他にも、実在した女性パイロット、エレーヌ・ブーシェをモチーフとしています。

彼女は当時(現在でも)、非常に珍しい女性の飛行士だったのですが、「Vol de Nuit(夜間飛行)」はそんなカリスマ性のある女性に捧げる香りとなりました。

先述したとおり、とても複雑で、オリエンタルノートの境地とも言える香水ですので、ファーストフレグランスとしては少々難しいかもしれません。

ただ、決して古臭い香りとはなりませんので、年齢層は意外と低く、20代後半~の女性にお似合いになると思います。

香りとしての完成度もさることながら、とても肌馴染みのよい香りでもあります。

持続性はありますが重くありませんので、四季を通して、身体のいろいろな部位にまとい、香りの変化を楽しんでみてください。

そしてゲランならではの品があります。

ファッションもTPOも、エレガントな方向性が良いでしょう。

また「Vol de Nuit(夜間飛行)」は香りの変化が大きいので、できれば初回はテスターで試すのが良いと思います。

一晩この香りと過ごしてみて、自身で納得のいくまで吟味してみてください。

しかし一度気に入れば、おそらく「今世紀で最も廃盤になってほしくない香り」として貴女の宝物となることでしょう。

まとめ

ゲランには伝説的な香りが多く存在しますが、「Vol de Nuit(夜間飛行)」は最も長く愛されている名香の一つです。

小説が原題となっているところにもロマンを感じますね。

しかし、テーマ設定や香料のうんぬんを抜きにしても、多くの人が「脳が好きだと感じる」と述べています。

そして香水とはこうあるべき、と思います。

ぜひ、この神秘的な香りに触れてみてくださいね。