パリの香水ブランド『Etat libre d’orange(エタ リーブル ドランジェ)』が、なんと日本のアニメをテーマにした新作香水を発表しました!

今までありそうでなかった、初の試みです。

日本の香りといえば、「抹茶」や「京都」など、大衆的なイメージを損なわないものが多くありましたが、ここまでテーマを絞った香水は未だに聞いたことがありません。

ではどのアニメが香水になったのかというと、世界中に衝撃を与えた、あのSFアニメの「攻殻機動隊」です。

英語名で「THE GHOST IN THE SHELL(ゴースト イン ザ シェル)」、そのタイトルがそのまま香水になってしまいました。

創始者で調香師のエチエンヌ・ドゥ・スワール自身、「攻殻機動隊」の大ファンだったといいます。

実はフランスには彼のように、熱狂的な日本のアニメファンが存在します。

たくさんあるアニメのなかでも、特に「攻殻機動隊」は「マスターピース」との呼び声が高く、1995年の公開から25年以上たった今でも色褪せることのないSFアニメの名作です。

ピンポイントなテーマながらも、壮大な「攻殻機動隊」の世界観。

いったい『Etat libre d’orange(エタ リーブル ドランジェ)』はどのように香りで表現したのでしょうか。

今回は、この話題の新作「THE GHOST IN THE SHELL(ゴースト イン ザ シェル)」について解説していきたいと思います。

反骨精神あふれる香り作り

まず、香水の説明の前に『Etat libre d’orange(エタ リーブル ドランジェ)』について簡単にご紹介したいと思います。

『Etat libre d’orange(エタ リーブル ドランジェ)』は2006年にパリで始まった、ニッチフレグランスメゾンです。

大手ファッション香水の「マス向け」の香りに異論を唱えるフランス人調香師のエチエンヌ・ドゥ・スワールによって立ち上げられました。

このブランドには、他のどの香水メゾンにもない「反骨精神」が見られます。

そしてそれは、「革命を求めるフランス人」に通じるものがあります。

フランス革命以来、フランス人はしばしば社会的正義を求めて戦ってきました。

フランス革命とは一時の政権打倒を成しとげた革命としてだけではなく、現在につながるさまざまな思想と価値観を育んだ、日本の幕末にも似た稀有な時代だったと言えるでしょう。

そんな、フランス人の根っこにある「革命を求める」思想が、『Etat libre d’orange(エタ リーブル ドランジェ)』には反映されているのです。

具体的には、以下の香水のラインナップがあります。(日本語表記のみ)

・ゴミの花

・イノセンスの終わり

・もう一人の自分

・あなたのような誰か

・純度100%の悪

・賢者をも狂わす魅力

一筋縄ではいかない香りはネーミングにも比例していて、それぞれに付けられた名前は小説のタイトルのようでとてもユニーク。

抽象的ではありますが、どれもこれも香りを確かめずにはいられなくなるようなセンスにあふれています。

しかし今回の「THE GHOST IN THE SHELL(ゴースト イン ザ シェル)」に至っては、アニメというはっきりとしたイメージソースがあります。

反骨精神にあふれた『Etat libre d’orange(エタ リーブル ドランジェ)』の考える「攻殻機動隊」の香りとは。

それは、香水の「今と未来」を捉えた、世にも不思議なフレグランスなのでした。

天然香料と最新バイオテクノロジーの融合

THE GHOST IN THE SHELL(ゴースト イン ザ シェル)オードパルファム

トップノート…アクエル、ユズ(HE)、ヘキシルアセテート(MANE社/バイオテクノロジー)

ミドルノート…ジャスミン、ムギャン、ミルキースキンアコード

ラストノート…モスアコード、ビニルグアイアコール(MANE社/バイオテクノロジー)、オルカノックス

発表年:2021年

調香師:ジュリー・マセ、MANE研究所の研究員

対象性別:ユニセックス

今回、画期的といえる調香が「THE GHOST IN THE SHELL(ゴースト イン ザ シェル)」において行われました。

それは、「攻殻機動隊」のテーマを背景に、天然香料とバイオテクノロジー香料を組み合わせ、香水の「未来」を表現したものです。

アニメの主人公、草薙素子は脳以外の全身が義体(サイボーグ)です。

「THE GHOST IN THE SHELL(ゴースト イン ザ シェル)」の「ゴースト」とは、身体のみならず脳までもが電子化される2029年の劇中世界において、自己や自我を構成する、人が人であるための「魂」のような概念を指しています。

プログラムによって作られた高度な人工知能が制作可能になった未来では、AIと人間とを明確に区別するのは「ゴースト」の存在があるかないかだけ。

その「AI」の部分をバイオテクノロジー香料によって、そして「生身の人間」の部分を天然香料で表しているのが、今回の「THE GHOST IN THE SHELL(ゴースト イン ザ シェル)」なのです。

これだけ聞いてもかなり興味深いコンセプトですよね。

それでは具体的にどんな香りがするのか探ってみましょう。

まず、トップノートはかなり硬質なシトラスで始まります。

落としたら割れてしまいそうな、ガラスのような「柚子」の香りと、新開発された「アクエル」という人工香料の組み合わせ。

尖っていて、香水らしからぬ「メタリック」な香りに少し戸惑ってしまいます。

良い香りではあるのですが、そのアンバランスさに脳内が「バグ」を起こした感覚になります。香水とは、これでいいのか?と。

しかし、ここで諦めてしまうのはあまりにももったいないです。

次のミドルノートこそが、この「THE GHOST IN THE SHELL(ゴースト イン ザ シェル)」の真髄なのです。

ミドルノートは、フランス語で「note de coeur」(ハートノート)と言います。

つまり、「心」「ハート」といった、いちばん重要な部分です。

「THE GHOST IN THE SHELL(ゴースト イン ザ シェル)」では、ここで天然のジャスミン、ミルクが人間の肉体のメタファーとして配合されています。

そのジャスミンの美しさといったら例えようがありません。

人工的な、メタリックな香料を使用しているせいか、ジャスミンがより生々しく、人の体液のような濃厚さを保っているのです。

動物的本能、血液の温度、愛し愛された記憶、激情、人肌。

そういった、生きることへの「執着」さえ感じるミドルノートなのです。

ラストは悶々とした甘いノートへ転がり込み、グルーヴ感あふれる香りの変化が。

エンディングでは西方浄土のように輝くバニラがそっと迎え入れてくれます。

全体を通して、「THE GHOST IN THE SHELL(ゴースト イン ザ シェル)」では、「AIと生身の人間」といったような、相反する二つの香りが混在します。

まるで新旧の建築を誇るルーブル美術館のように、二面性が強調されているのです。

哲学あふれる香り、「らしさ」からの解放を望む方へ

「攻殻機動隊」の公開は1995年。

舞台設定は2029年ですが、2021年に身を置く私たちにとって、あと8年とはそう遠い未来ではありません。(1995年からするとだいぶ先だと思われていましたが)

「攻殻機動隊」で描かれるように、AI化はどんどんリアルになってきています。

コロナがそれを加速させたところはありますが、本当に人類はこのままロボットに依存してしまうのでしょうか。

AIについての議論になると、必ずAI脅威論というものが出てきます。

その典型がハリウッド映画の「ターミネーター」などに現れているのですが、「人間とは異なる存在」が、人間より賢くなり、人間を支配する、あるいは滅ぼすという考えが、多くの人がAIに対してもつ恐怖の根源となっています。

一方で、「攻殻機動隊」の世界で描かれているのは、機械と人間が融合した姿です。

どこからが機械でどこからが人間かというのはもはや哲学的な問題になりますが、主人公の草薙素子は脳以外が機械に置き換わっていても、人間の精神を保ったまま電脳化することで能力を極限まで高めています。

これが、「攻殻機動隊」で描かれている機械と人間の関係になるのです。

ハリウッドの極端さにはない、日本アニメの哲学的な部分です。

このような哲学的なストーリー展開が、フランス人にとってはグッとくるのでしょう。

そして私たちの世界もまた、利便性VS倫理観といった感じで、いつもギリギリのところで闘っていると言えるのではないでしょうか。

どんな人に似合う?

「THE GHOST IN THE SHELL(ゴースト イン ザ シェル)」の香水で明記できるのは、バランスがとれているようで、非常にアンバランスであるということです。

そしてまたダリの作品のように、「二面性」があります。

しかしこの「二面性」こそが、「THE GHOST IN THE SHELL(ゴースト イン ザ シェル)」の隠れたテーマなのです。

バイオテクノロジー香料と天然香料、そのぶつかり具合にはいささか不安を感じますが、逆に、こう捉えることもできます。

「バランスが鍵だということを知っている。だけど、アンバランスはもっと自分らしい」

、と。

そしてこれは、「らしさからの解放」を叶えてくれる香水でもあります。

母親らしさ、男らしさ、上司らしさ、日本人としてetc。。。

「らしさ」を背負うことに疲れてしまった人へ。

きっと、自分を起き上がらせ背中を押してくれる、頼れる相棒になってくれることでしょう。

刹那的に甘く、エッジが効いてて、生々しく、ちょっと芸術家然としたところもあります。男女ともに使えますが、女性がこの香りをまとっていたらかなりカッコいいですよ。

年齢層も全く問いません。

具体的には、シャネルの「エゴイスト プラチナム」がお好きな方はきっと好まれる香りなのではないかと思います。

「香りの常識を逸脱し、禁止されたものを乗り越える。規則を破るため、反抗するため、ただ存在するために作られた香水」と『Etat libre d’orange(エタ リーブル ドランジェ)』が謳うように、世の中にありふれた香りに「NO」を突きつける方にぴったりとハマる1本です。

まとめ

うっとりするようなCMや広告を展開するブランド香水ももちろん魅力的で素晴らしいと思いますが、その世界の真裏にいるフレグランスメゾンが、『Etat libre d’orange(エタ リーブル ドランジェ)』です。

革命的な香り、反骨精神、哲学的な日本アニメへのリスペクト。

そのすべてにおいて、「今のフランスらしさ」がギュッと詰まっている香水と言えるかもしれません。

「攻殻機動隊」ファンの方も、なんだか少し気になってきた方も、ぜひチェックしてみてくださいね。