フランスラグジュアリーブランドの頂点に君臨するエルメス。

最高級の素材、高度な技術、1点1点を丁寧に仕上げるクラフトマンシップについては、誰もが憧れるところなのではないでしょうか。

さまざまなアイテムを作り続けながら、その特徴は決してモードを追いかけるものではなく、「長持ち」するもの。

馬具工房から自動車へと時代が流れていくと、エルメスはバッグを中心とした革製品の製作に主軸を移していきました。

ファッション業界への転身を、華麗かつ見事に遂げたエルメスは、創業当時から脈々と流れている丁寧なモノ作りを150年以上も続けているのです。

もちろん香水事業もエルメスには欠かせません。

1961年には女性のための優雅な馬車の名前にちなんだ香水「カレーシュ」を発表し、世界的に高い評価を得ました。

しかし現在の私たちが一番よく知っているのは、あの「庭シリーズ」なのではないでしょうか。

エルメスの庭シリーズはオードトワレのため、日本人にも使いやすく大変な人気を誇っています。

これは、世界的調香師であるジャン・クロード・エレナ氏がエルメスフレグランスの存続をかけて作りあげ、大成功に導いた香りです。

彼の手がけたフレグランスは数知れず。エルメスの他にも、カルティエ、ブルガリ、ラルチザンにおいて数々の名香を手がけてきました。

さて今回ご紹介するのはそんな庭シリーズの一つ、「UN JARDIN SUR LE TOIT(屋根の上の庭)」です。

これはエルメス本社の屋上に位置する、秘密の庭園をコンセプトにした香りだそうです。

ナイルの庭やモンスーンの庭に比べ、何やら秘密めいた香りに見えますね。

一体それがどんなところなのか、現地の様子とともにご紹介していきたいと思います。

パリのサントノーレ通りに位置するエルメス本社

エルメスの本社は、パリ一区の高級ブティック街「サントノーレ通り」に位置しています。

写真からも少し銅像が顔を覗かせていますが、ここにあるのがその「秘密の庭園」です。

もちろん一般客は入ることができません。

ここには、こじんまりとしながらも、非常に美しく手入れされた屋上ガーデンが存在しているのです。

それを見ることができるのは、エルメス関係者のみ。

彼らは空中庭園に腰掛けながら、パリの風物詩である「煙突付きの灰色の屋根」を見渡しているのです。

パリの建物は規制がかかっており、新しいビルを建設することができません。

従って築100年のアパートが存在するのはいたって普通のこと。古く、屋根の色もグレーで統一され、あちこちにもう使われていない煙突を見ることができます。

そんな無機質な風景に現れたのが、この秘密の庭園です。

ここ数年、パリではルーフトップに熱い視線が注がれています。というのも、地上の庭をモテない彼らにとってはルーフトップは憩いの場所。

しかし地上の庭と違うのは、パリの素晴らしい光景を一望できるという爽快感です。

今では一流ホテルをはじめ、レストラン、バー、デパートがこぞってルーフトップを解放するようになりました。

「UN JARDIN SUR LE TOIT(屋根の上の庭)」が発売となったのは2011年です。

当時エルメスの専属調香師だったジャン・クロード・エレナはこの空中庭園で何を思ったのでしょうか。

パリジャンのルーフトップ熱が始まるずっと前に、彼はここで「UN JARDIN SUR LE TOIT(屋根の上の庭)」の軸となる「透明感」を発見しています。

大自然の香りではなく、人の手が施された「庭園」の香りに、パリの風をまとわせて。

庭シリーズの中でもひときわ優しい、穏やかな香りをご紹介します。

パリの風にのって漂う、優しいフルーツの香り

UN JARDIN SUR LE TOIT(屋根の上の庭)オードトワレ

トップノート:バジル、グリーングラス、アップル、ペア

ハートノート:ローズ、マグノリア

ベースノート:オークモス

発表年:2011年

調香師:ジャン・クロード・エレナ

対象性別:ユニセックス

「祝いの庭。光が降り注ぎ、思い通りにできる庭」。この香りを調香したジャン・クロード・エレナは「UN JARDIN SUR LE TOIT(屋根の上の庭)」をこう表現しました。

トップノートから漂ってくるのは、庭園に存在する土や草、水の香りです。

もちろん大自然のそれとは違いますので、香り方は非常に控えめです。ですが、その慎ましい感じ、あるいは「人の手で育まれた」植物の香りがとてもデリケートなものとして表現されています。

そしてその数分後には瑞々しいフルーツの香りが。

さんさんと輝く太陽の下で、大事に育てられたであろうリンゴと洋梨の甘い香りが元気に顔を出します。

動物もそうであるように、人に慣れているものは不信感をむき出しにすることがありません。

大自然の植物は往々にしてワイルドで、ともすれば人に危害を与える存在となり得ますが、「UN JARDIN SUR LE TOIT(屋根の上の庭)」の中で表現される植物や果実は、それとは正反対です。

人に寄り添い、信じ、馴染んでいく。そういった“睦まじげ”な感じが香りからありありと感じ取れるのです。

ミドルノートではさらにフローラルの甘い香りが追加されます。

主役はローズとマグノリア。この二つはフランスの軒先にも咲く、最もポピュラーな「庭園の花」と言っても良いでしょう。

その甘さと温かさは庭シリーズでも一番、というくらい魅力的なものです。

トップノートに続いて、ここでも親しみやすさを感じることができるでしょう。

そしてラストはオークモスの香りに変化していきます。

オークモスは苔の香りに代表されますが、香水に加えると品格や落ち着きと言った印象を与えることができます。

先の草花の香りが、ここでグッとエルメスらしい気品をまとうようになりました。

パリの夕方の風にのって、果実やモクレンの香りがどこからか漂ってくるような…

香料を使いながらも自然の美しさを表現するといった、「UN JARDIN SUR LE TOIT(屋根の上の庭)」のコンセプト。

いずれにしても都会のエッセンスを絶妙に取り込んだ、高度に完成された1本です。

薄くまとうのがコツ。ミストのように吹きかけて

「UN JARDIN SUR LE TOIT(屋根の上の庭)」は、エルメスの庭シリーズの中でもミドルノートの甘さが目立つ作品です。

そのためまとい方に少しのコツがあります。

もし肌に近づけてのせれば、甘さと青くささが強く出てしまうでしょう。

例えば40代以上の「香水慣れ」している方であればそれも嫌味にならないのですが、香水を嗜む習慣のない人にとっては、つけ方を工夫したいところです。

「UN JARDIN SUR LE TOIT(屋根の上の庭)」のまとい方としては、空中庭園のイメージなだけに、まず天井に向かってシュッと一吹きし、その中をくぐるようにするのが良いと思います。

こうして「ミストのように」まとうと、気品の出方にはっきりとした違いが出ます。

すれ違ったら思わず振り返って見惚れてしまうような、、、そんな香り方をしてくれるのです。

ユニセックスでも使える香水で、男女ともに柔らかく知的な印象を与えることができるでしょう。

まとめ

「UN JARDIN SUR LE TOIT(屋根の上の庭)」は、調香師ジャン・クロード・エレナがエルメスと出会い、初めて足を踏み入れた場所であり、今でも時おり訪れては思索にふける大切な庭園なのだとか。

庭師たちが使う“素材”をフレグランスとして表現し、完成させた「UN JARDIN SUR LE TOIT(屋根の上の庭)」。

この香りが柔らかく知的なイメージなのは、こうした美しい植物のほかに、職人たちの哲学がぎっしりと詰まっているからでしょう。