世の中に香水は数あれど、未だに「世界三大名香」としてその地位を揺るぎないものにしている香りがあります。

『CHANEL(シャネル)』の「No.5(ヌメロ・サンク)」、『HERMES(エルメス)』の「Calèche(カレーシュ)」、そして『LANVIN(ランバン)』の「Arpège(アルページュ)」です。

いずれもフランスを代表する一流メゾンの最高傑作と呼ばれ、この三つの香りに共通しているのは、それぞれが「メゾンが最初に発表した香水であること」。

フローラル系フレグランスの代表作品でもあり、フェミニン性を存分に発揮したその香りたちは、長い年月を経てもなお賞賛され続けています。

少し方向性が異なるのは、『CHANEL(シャネル)』と『HERMES(エルメス)』が「女性のための香り」としてフレグランスを発表したのに対し、『LANVIN(ランバン)』の「Arpège(アルページュ)」は、創業者ジャンヌ・マリー・ランバンが「愛する娘のために創った香り」であったことでした。

愛する人へ“曲”を提供するように、“香水”を託したのです。

意外と知られていない『LANVIN(ランバン)』の「Arpège(アルページュ)」の誕生秘話と合わせて、その香りの素晴らしさをご紹介したいと思います。

小さな帽子店から世界のオートクチュールブランドへと、大成功を収めたランバン

『LANVIN(ランバン)』の香りは、このブランドが辿った軌跡を知るとより一層思い入れが強まることでしょう。

創業者ジャンヌ・マリー・ランバンの不遇な青年期、自身の才能による逆転サクセス・ストーリーは、映画化されてもおかしくないほど壮大でドラマチックです。

ジャンヌは子だくさんの極貧家庭に生まれ、13歳の時から働きに出て裁縫の技術を身に着けた苦労人でした。

やがて裁断の名手となったジャンヌは、22歳の若さで1889年にパリ8区、フォーブル・サントノーレ通り22番地に帽子店を開業することに。

※現在の『LANVIN(ランバン)』本店

可憐な美しさと確かな才能で頭角を現し始めたジャンヌの元に、伯爵の称号を持つ一人の貴族が近づきます。

後の夫となるエミリオ・デイ・ピエトロです。

名のうての遊び人だったピエトロは、ゲーム感覚でジャンヌを口説き落とし結婚にいたりますが、やがて新しい恋人を作りジャンヌを捨てることになります。

惨めな生い立ちと惨めな結婚生活。

それでもジャンヌはピエトロを憎むことは無かったそうです。なぜなら、二人の間に生まれた最愛の娘、マリー・ブランシュが彼女の生涯の支えとなったからでした。

ジャンヌが娘のためにこしらえていた子供服が当時の帽子店で評判となり、彼女のもとに注文が殺到します。そして母と娘がお揃いで着られる「親子服」を置いてみたところ、空前の大ヒット作品に。

そしてジャンヌの店は帽子店からオートクチュール(高級婦人服)の店へと発展し、パリの人気ブティックの一つになっていったのです。

名香「Arpège(アルページュ)」の誕生

Arpège(アルページュ)

トップノート:ベルガモット、オレンジブロッサム、ハニーサックル、ローズ

ミドルノート:ジャスミン・アブソリュート、アイリスブロッサム、イランイラン、ミュゲ

ラストノート:サンダルウッド、べチバー、バニラ

1927年発表

調香師:アンドレ・フレイス

対象性別:女性

第一次世界大戦が終結すると、パリでは様々な文化芸術が花開きました。

ジャンヌの娘、マリー・ブランシュは美貌のピアニストとして花の都パリで活躍するように。

愛娘の30歳の誕生日に向けて、ジャンヌは娘のために香水をプレゼントしようと、スイス人調香師のアンドレ・フレイスと共に香りのクリエーションを始めます。

何度も試行錯誤を重ねた結果、一つの芳香をジャンヌは気に入りました。

そしてその香りを娘のマリー・ブランシュが「Arpège(アルページュ)」と名付けたのです。「Arpège(アルページュ)」とはハーモニーの意味で、「美しい音楽が人生に与える至福の時」とのメッセージが込められています。

出典:ランバン公式HPより

ジャンヌは自身が最もシックだと考えていた、ブラック色のボトルで商品化しこれをリリース。そして「Arpège(アルページュ)」はこれと言える代表作がまだなかった若き調香師、アンドレ・フレイスの最高傑作となりました。

当時『CHANEL(シャネル)』の花形イラストレーターとして活躍していたポール・イリブが、「Arpège(アルページュ)」のボトルに母と娘のマークを描いています。

ファッションも香水も、ジャンヌが抱く娘への強い愛情がブランドの成功に繋がったのでした。

香りの様式美「Arpège(アルページュ)」

「ハーモニー」の意味を持つ「Arpège(アルページュ)」。

ベルガモット、ローズ、イランイラン、ミュゲ(スズラン)、サンダルウッドなど多くの香料が混じりあい、複雑に絡み合いながら、まるで香りの音楽を奏でているようです。

また、ジャスミン・アブソリュートという最高級の天然成分とアルデヒドをふんだんに使用し、まろやかでしなやかな女性美を花々で彩ったフレグランスなのです。

そのフローラルでクラシカルな香りは、時を超えて愛される香りの様式美となり、今なお崇高なイメージを誇っています。

この香りは、ラストノートのパウダリーさが持つ包容力と同時に、フローラルの可愛らしさも感じ取れます。アーティスト系のドライで尖った感性はどこにも感じられません。

「娘のことを思ってやまない母の気持ち」を表すとしたら、まさにこの香りとなるでしょう。

娘と言っても、まだ年端もいかない女の子ではなく、成熟した大人の魅力を持った女性が当てはまります。

フランスでは18歳の誕生日に成人のお祝いをしますが、30歳もまた一区切りとして盛大に祝います。

母ジャンヌにとって、女手一つで育てた最愛の人との娘は、自身のインスピレーションの源でもありました。そんなマリー・ブランシュが30歳となりピアニストとして成功したことは、どんなに感慨深かったことでしょう。

もちろん今から100年近く前にリリースされた香水ですから、昨今の流行の香りではありません。ですが、「Arpège(アルページュ)」は普遍的な女性の魅力を表現した香りです。

異性愛、隣人愛とも違う、究極の無償の愛。

ハラハラする駆け引きとは無縁の、心を抱きしめてくれるような温もりがこの香水にはあります。

それはまた、奥ゆかしさと気品をも兼ね備えた『LANVIN(ランバン)』のブランドイメージに合った名香なのです。

恋に効く『LANVIN(ランバン)』の香り

フェミニンな香りで、男性からの支持も高い『LANVIN(ランバン)』のフレグランス。

『LANVIN(ランバン)』が「愛から生まれたブランド」と言われているのはこのような歴史があってのことです。

現代でもランバンの香水が人気を博し、恋に効く香りとして定番となっているのは、創業者ジャンヌの娘を想い愛する気持ちが、今でもブランドに根付いているからなのかもしれませんね。

『LANVIN(ランバン)』の歴史とともに、無償の愛が詰まった「Arpège(アルページュ)」の素敵な香りをぜひお試し下さい。