1961年にパリで生まれた『DIPTYQUE(ディプティック)』は、60年以上の歴史を持つ老舗香水ブランドです。

このブランドは、3人のパリジャン(アーティスト)によって立ち上げられました。

そのうちの一人、デスモンド・ノックス=リットは画家で、テキスタイルや壁紙にモチーフを描いていたといいます。

『DIPTYQUE(ディプティック)』のクリエイションはアートを原点とし、視覚・嗅覚・イマジネーションのすべてが結びついてできています。

そのため数あるフレグランスは、アーティストたちによって多角的に解釈された香り、とも言えるでしょう。

現在までには50種類を越える香りが発表されましたが、2023年3月に新たな香りが仲間入りを果たします。

名は「L’EAU PAPIER(ロー・パピエ)」。

「L’EAU PAPIER(ロー・パピエ)」が意味するのは“紙の水”です。

つまり、原点となる紙、作品を生み出す紙、そうした“一枚の紙”へのオマージュを捧げた香りとなります。

何も書かれていない白いページにアイデアを書き連ね、想像力を解き放つ。

「L’EAU PAPIER(ロー・パピエ)」では、その重要な媒体である“紙”、および“インク”の香りが表現されています。 

紙の上に自由に広がるインクのように、物語が始まっていくフレグランス「L’EAU PAPIER(ロー・パピエ)」。

『DIPTYQUE(ディプティック)』、ならびに香水のクリエイションで肝となる「イマジネーション」は、この香り上でどのような広がりを見せてくれるのでしょうか。

物語が「生まれ出す」香り、想像力を掻き立てる香り

ディプティックの香りの探究はまずグラフィックな表現からはじまります。

それはすべてのクリエーションの基礎となる要素でメゾンの独創的なアプローチなのです。

紙の上をペンが自由に走るように、フレグランスがイマジネーションを解き放ちます。

※『DIPTYQUE(ディプティック)』公式ホームページより

とあるように、「L’EAU PAPIER(ロー・パピエ)」は“何も書かれていない真っさらな紙”から始まる、物語創造の香りと言えるでしょう。

ほとんどの香水には、すでに完成された物語・ストーリーが詰まっています。

たとえば「ヴェネツィアの旅」「五月の薔薇」「カリフォルニアの夕暮れ」など、香水はある完成された物語、記憶がベースになっていることが多いのです。

香水の説明を読んでから香ってみると、そのような情景がありありと浮かんできたりもします。

しかし「L’EAU PAPIER(ロー・パピエ)」で用意されているのは「紙とインク」という少ないワードだけです。

つまり、この香りにはこれといった物語が存在せず、逆に物語を一から作っていく、というような意味が込められています。

作家や画家が一枚の紙を芸術作品に仕上げるように、透明の水に物語を乗せるとしたら。

次で詳しい香りの構成を紹介しながら、どのような物語が想像できるか見ていきましょう。

ペーパレスの時代だからこそ感じたい、紙への郷愁

L’EAU PAPIER(ロー・パピエ)オードトワレ

シングルノート:ホワイトムスク、ミモザ、ブロンドウッドアコード、セサミ、ライススチームアコード

発表年:2023年

調香師:ファブリス・ペルグラン

対象性別:ユニセックス

「L’EAU PAPIER(ロー・パピエ)」はシングルノートですが、微妙な香りの移り変わりを楽しめる1本です。

基本は「紙」を想起させるウッディノート。

ほとんどの紙は木材から作られていますので、その木材を彷彿とさせるブロンドウッドアコードが、「初志貫徹」といった形で香り上に表れているのです。

また、「L’EAU PAPIER(ロー・パピエ)」のローはフランス語で「水」となります。

そのため、つけたてから「水」の印象も存分にあるのですが、リゾート感というよりは、「清流」を思わせるような静かな雰囲気に包まれています。

そこに現れるのはインクの要素を含んだセサミ(ゴマ)。

しかし香ばしいということはなく、静かな雰囲気にピリッとした緊張感が生まれています。

ここから物語が始まる予感がします。

ところが不思議なのは、一緒に香るミルキーなホワイトムスクと、初々しいミモザの存在。

まるで紙の上を滑る、なめらかな「手の肌」のようです。

21世紀も20年余りが経った今は、ペーパーレスの時代です。

むしろ紙の香り自体が、「想像されるもの」なのではないでしょうか。

本屋の記憶、図書館の記憶、学生の頃に嗅いだ原稿用紙の記憶・・・。

日常では画面に接する機会がほとんどで、むしろ紙の香りは「記憶の香り」となっている。

でもだからこそ、紙の香りにはクリエイティビティが無限に含まれていると言えます。

水、インク、紙、そしてふと香る肌の記憶。

そこからイメージできるのは、誰かが大切な人に手紙をしたためている、という情景です。

手紙には特別感があります。

大切な人に大切なことを伝えたい時、選ぶのは上質な便箋だったりします。

はじめは何を書こうか分からなくとも、ペンを運んでいるうちに文章が自然と成り立っていく。

面と向かって言えないことがあっても、手紙は心強い媒介者となり得ます。

途中で手にインクが滲むことがあるかもしれません。しかし、それも一興。

懐かしい手触りが、私たちに不思議な安心感を与えてくれたりします。

そのような郷愁の感情、吐露した思いの丈、手紙に対する特別感・・・etc.

手紙だって立派な物語です。むしろ、大切な人に向けて書くこと自体が物語、と言えるかもしれません。

「清流」を思わせる水は書きはじめのまっさらな状態を、セサミのインク香は文字を、そしてホワイトムスクの香りは手のぬくもりを。

「L’EAU PAPIER(ロー・パピエ)」では、描くよりは書く、といった表現が合っています。

書くことで何かが浄化され、そして浄化された思いが相手にも伝播していく。

そんな、速度ばかりが求められる時代とは正反対の、趣のある香りが「L’EAU PAPIER(ロー・パピエ)」です。

変幻自在、どなたにでも似合う透明感のある香り

紙の香り、といえばちょっと「ツウ」なイメージですが、『DIPTYQUE(ディプティック)』の「L’EAU PAPIER(ロー・パピエ)」はすべての男女に、そして紙の香りに興味がない、という方にも新しい発見をもたらしてくれるオードトワレです。

やはり水の印象が強いからかもしれません。

非常につけやすく、季節も問わないフレキシブルさがあります。

しかしテーマは紙、水、インクという少ないもの。ともすれば「観客に投げかけ系」の香りとも言えます。

ところが身にまとって半日も経てば、肌の上で自分がしっくりくるストーリーが生まれていることでしょう。

「L’EAU PAPIER(ロー・パピエ)」をまとってどんな感情が生まれてくるか、楽しみな1本でもあります。

でもその感情に陰の部分はありません。

ウッドをベースにしながらも、ホワイトムスクとミモザの柔らかい香りが印象的ですので、ほとんどの方が優しい気持ちになるのだと思います。

物語を生む香り、という視点で捉えれば芸術的な香りといえますが、複雑なだけが芸術ではない、「芸術は誰の胸のうちにもある」ということに気づかせてくれる香りです。

まとめ

「L’EAU PAPIER(ロー・パピエ)」は、数ある紙の香りの中でも、優しい感情を呼び起こしてくれる1本です。

紙の香りが気になっているけどシーンを選びそう、上級者がまといそう、などといったイメージが先行している方には、是非とも試してほしいトワレです。

紙自体というよりは、紙を目の前にした「感情」に焦点を当てた香りですので、一たび肌に乗せれば、みなさんに豊かなイマジネーションが浮かんでくることでしょう。