歴史に残る世界一の香水と名高い『CHANEL(シャネル)No.5』。
トップメゾン『CHANEL(シャネル)』の創業者でありデザイナー、ココ・シャネルが初めて手掛けた香水です。
「香水をつけない女性に未来はない」
と、彼女の残した名言はあまりにも有名です。
20世紀初頭のパリでは、香水の選択肢はかなり狭いものでした。貴族の女性たちが着けるフローラル系の香りか、夜の仕事を生業とする女性のためのアニマリックな香り、その二択しかなかったのです。
そこに疑問を投げかけたココ・シャネルは、「普通の女性のための、多彩な香りが入り混じった香水を作りたい」と、前例のない香りの創造を決意するのです。
ココ・シャネル本人も、彼女のファースト・フレグランスがまさか100年後の未来まで語り継がれる名香となるとは思ってもみなかったことでしょう。
1920年代の混沌とした時代背景や、当時のマーケット事情など、『CHANEL(シャネル)No.5』誕生から成功までの過程を知ることで、改めてその偉大さに気づかされます。
今回は『CHANEL(シャネル)No.5』の香りの魅力だけでなく、「成るべくして成った」名香の誕生秘話も合わせてご紹介します。
『CHANEL(シャネル)No.5』誕生のドラマ
シャネルの歴史は、1910年に帽子屋をパリでスタートしたことから始まります。
当時、ココ・シャネルには生涯の想い人となる恋人がいました。ボーイ・カぺルです。
彼はイギリスの裕福な家柄の出で、ココ・シャネルがビジネスで成功するように資金面で支援していました。
実は、最初に作ろうとしていたフレグランスの名は「オー・シャネル」。
1919年、発売に向けて調香が開始されたのですが、同年ボーイ・カペルは交通事故により突然亡くなってしまいます。
絶望を味わったココ・シャネルは、香水事業を放棄します。
そして、シャネル・ブティックからほど近いパリ一区のホテル・リッツにて隠遁生活をするように。
才能豊かなココ・シャネルを、周囲は放っておきませんでした。
それから数か月後、親友らの励ましと新しい恋人の出現により、再び香水の創作意欲に駆られるのです。
その新恋人の名は、ロシアから亡命してきたディミトリ・パブロヴィッチ大公。
そこで運命の出会いを果たします。
彼との出会いが、というより、彼の知り合いであるロシア人調香師、エルネスト・ボーとの出会いが、シャネル・フレグランスの成功の鍵となりました。
とてつもない完璧主義だったというココ・シャネル。
ですが、発売前の『CHANEL(シャネル)No.5』のサンプル選びでは、「この香り!」と即決したと言います。
こうして1921年5月5日木曜日、『CHANEL(シャネル)No.5』は世に出ることになりました。
アメリカで火が付いた『CHANEL(シャネル)No.5』
当初はフランス各地にあるシャネルブティックと、老舗デパートのギャラリーラファイエットでの販売のみ。
富裕層には受け入れられていたようですが、フランス国内で表立った広告宣伝をしていませんでした。
というのも、商才のあるココ・シャネルのことですから、アメリカでの市場を早くから視野に入れていたと言えます。
第二次世界大戦直後、シャネル本店では、“帰還土産”として『CHANEL(シャネル)No.5』をアメリカ兵に無料配布。
フランスの高級香水は、アメリカで待つ妻や恋人への最高の贈り物となり、当然のように『CHANEL(シャネル)No.5』は、大国アメリカで一大ブームとなりました。
引用:CHANELオフィシャルインスタグラムより
そして1950年代、『CHANEL(シャネル)No.5』にまつわる新たな伝説が生まれます。
当時、世界で最も有名な女優であり、セックスシンボルのひとりであったマリリン・モンロー。
とある記者がマリリン・モンローに「What do you wear to bed?」(寝る時は何を着て寝るのですか?)と聞きます。
そしてマリリン・モンローはこう答えます。
「Just a few drops of N°5.」(「シャネルの」五番を数滴だけ。)
最高のキャッチコピーが生まれた瞬間です。
マリリン・モンローとシャネルは特に契約を結んでいたわけでもないのに、天才的とも言える文言を後世に残しました。
もはや偶然とは呼べない『CHANEL(シャネル)No.5』のサクセスストーリー。
ココ・シャネルの才能は誰もが認めるところですが、最愛の人の死、世界大戦前後の時代背景、卓越したマーケティング能力・・・
どれか一つでも欠けていたならば、『CHANEL(シャネル)No.5』は名香と呼ばれていなかったかもしれません。
何事に関してもそうですが、傑物というのは、その並外れた実力だけでなく、バッググラウンド全てを味方につけるかのような引力を持ち合わせています。
それでは、香水界の傑物『CHANEL(シャネル)No.5』の香りは何がすごいのか紐解いてみましょう。
自分を成長させてくれる香り
『CHANEL(シャネル)No.5』ほど、好き嫌いの分かれる名香はこの世に存在しないかもしれません。
裏を返せば、これほど話題に上る香水も存在しないと言えます。
調香師:エルネスト・ボー
トップノート…ネロリ、レモン、ベルガモット、アルデヒド
ミドルノート…ジャスミン、ローズ、イリス
ラストノート…サンダルウッド、ベチバー、アンバー、ムスク、シベット
なぜ発売から100年近く経った今でも「女性の憧れの存在」として君臨するのか?
それはおそらく、記憶の中の「大人の女性」を彷彿とさせるからかもしれません。
小さい頃に嗅いだ、身近にいる母親や、通りすがりの小綺麗なマダムが着けていた香り。
お化粧を覚えるのと同じように、「香りをまとうこと」も大人への第一歩として記憶に刻まれていたことでしょう。
『CHANEL(シャネル)No.5』の真髄は、ラストノートのパウダリー感にあります。
パウダリーな香りはまさしく大人の女性の優しさや柔らかさを表現するもので、「早く似合うようになりたい」「早く大人になりたい」と子供心に願います。
ですが、いざ自身が成長し、思い描いていた「大人の理想像」と比べた時、まだ自分がそれに追いついていないと感じる人も少なくないと思います。
似合うようになりたいと思わせてくれることで、「自分自身を成長にいざなう香り」と言えるのではないでしょうか。
また、多くの人が囁くように、『CHANEL(シャネル)No.5』は強く香ります。
この香水のためだけにある、南仏グラースのジャスミン畑で採れたジャスミンの芳醇な香り。合成香料アルデヒドのふくよかさ。クラシカル過ぎるムスク…
乾燥冷地なフランスでさえ、強いインパクトを残す『CHANEL(シャネル)No.5』は、着ける“場所”が最重要ポイントです。
ワンプッシュだけ腰、膝裏もしくは足首に着けるのがベストでしょう。
着ける“場所”を間違えてしまうと、せっかくの名香が敬遠される香りとなってしまいます。
そういった意味では、格式が求められる「テーブルマナー」のように、香水の「然るべき姿」をも私たちに教えてくれる存在だと思うのです。
華やかさと少しの影がある香り
とはいえ、『CHANEL(シャネル)No.5』を正面から堂々と着けても、全く嫌味がない女性もいます。
例えば、現在のカトリーヌ・ドヌーヴならば、浴びるように『CHANEL(シャネル)No.5』を着けたところで違和感がないように感じます。
どの年代でも幅広く受け入れられる香りや、ユニセックス・フレグランスが昨今の香水市場のトレンドとなっているのに対し、『CHANEL(シャネル)No.5』だけは、まるで“世界遺産”のように時代の変化をものともしません。
むしろ、原点回帰が可能な香水と言えるでしょう。
「女性のための女性の香り」として、終着点で待ってくれているような気がします。
『CHANEL(シャネル)No.5』は、普段使いするのなら、60代以降の女性に良く似合います。人生で起こった数々のドラマを経て、「全てを超えし者」のようなオーラを身に付けた女性。
そんな無双状態とも言える女性の懐の深さに、ラストノートのパウダリー感がピッタリとハマるのです。
この香りには赤ワインや、落ちかけの赤い口紅も良く似合います。
クラシカルな表現ばかりが先行してしまう『CHANEL(シャネル)No.5』ですが、この香水の隠れた魅力に「ミステリアス」さがあると思います。
これまでたくさんの著名人が『CHANEL(シャネル)No.5』のミューズに選ばれてきましたが、一番しっくりくるのが二人。
ココ・シャネル本人とマリリン・モンローです。
この二人に共通しているのは、華やかな舞台で活躍したことと、生い立ちが不幸であったこと。少し影のある女性たちが惹かれた香りには、孤独というスパイスが効いているのです。
『CHANEL(シャネル)No.5』に、100%「陽」の雰囲気はありません。しかしそれがよりミステリアスさを醸し出し、芸術性を高めていると言えます。
デイリーユースとして使うには難易度の高い香りですが、年齢が高くなくとも、時と場合によってはどんな女性にも似合います。
逆境の時、もしくは自分自身を奮い立たせたい時にまとえば、背筋がスッと伸び、「前を向いていこう」と思わせてくれる。きっと、そんな心強い味方になってくれるに違いありません。
「人生が分かるのは、逆境の時よ」
と、ココ・シャネルが言ったように、香りが背中を押してくれるでしょう。
まとめ
『CHANEL(シャネル)No.5』はシャネルのファースト・フレグランスながら、今なお人気の衰えない至極の逸品です。
永遠の香りと呼ばれるに相応しく、成るべくして成っている最高のストーリー。
『CHANEL(シャネル)No.5』の誕生秘話で一本の映画ができてしまうくらい、ドラマ性を含んだ香水ですが、一人の女性の人生にもそれぞれのドラマがあります。
自分の人生に一本の香水を添えることができるのなら、本当に素敵なことですね。
かつて大人の女性から感じた美しい香りを、与える側へ。香りとともに語り継がれる存在でありたいものです。
女性を真の女性に導いてくれる香り、『CHANEL(シャネル)No.5』。
時代や流行に左右されない確かな実力、その奥深さをぜひ一度は試してみて下さいね。